大河ドラマ Ⅲ 飛鳥山公園ってどんなところ?

2021年2月12日(金)

緊急事態宣言が継続中、薄皮を剥ぐような新規感染者数が続き、日中の繁華街のひと出もなかなか減少が観られません。
14日から放映される某TV局の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、日本の「資本主義の父」と言われる渋沢栄一の生涯を描く。が晩年過ごした「飛鳥山」はどんなところか?
写真をクリックすると拡大されます。
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JR京浜東北線・メトロ南北線 王子駅2~3分
無料モノレール「アスカルゴ」で飛鳥山公園頂上まで行けます。
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新装になった飛鳥山公園内案内版s-DSC_6894.jpg

駐車場も大型観光バススペースも拡大されました。➡

飛鳥山公園碑 東京都指定有形文化財(古文書) 大正9年3月指定(写真 ⬇)
八代将軍徳川吉宗の命によって享保5年(1720)から翌6年にかけて、飛鳥山に桜が植えられ、享保18年には桜が根付いて花を開かせるようになり、水茶屋が10ヶ所建てられ、江戸市民の行楽の場となりました。 元文2年(1737年)閏11月に、吉宗による事績を顕彰するための「飛鳥山碑」が建てられました。江戸時代には飛鳥山のランドマークともなり、浮世絵などで芝山に桜と石碑を描けば飛鳥山を示しました。 現在も桜の季節になると、多くの花見客で飛鳥山公園は賑わいを見せています。s-DSC_6885.jpg

飛鳥山公園碑 ➡
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象山先生桜賦の碑
桜の賦(ふ)は、松代藩士で儒者であったが、後に西洋の学問を学び進歩的考えをとなえ、明治維新前後の日本に大きな影響を与えた佐久間象山(さくましょうざん)の作。この賦は象山50歳(万延元年1860)の作と云われ2年後の文久2年(1862)孝明天皇の宸賞(しんしょう)を賜った。元治元年(1864)7月11日54歳の生涯を閉じました。この碑は遺墨(いぼく)をもとに門弟勝海舟の意によって同門北沢正誠(まさなり)の文で書は日下部鳴鶴(くさかべめいかく)です。明治14年11月15日と刻まれています。この下に挿袋(そうたい)石室が埋蔵されています。
(上記資料は北区HP参考)s-DSC_6881 (2).jpg
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飛鳥山公園山頂モニュメント ➡
標高25.4メートル
以前はここに回転展望塔がありましたが、地下に首都高速道路が通り撤去されました。
⬇ 昨年の飛鳥山公園ソメイヨシノ桜開花時期s-cats.jpg

⬆ 昨年のソメイヨシノ桜開花時期の渋沢庭園
⬅ 昨年1回目の緊急事態宣言で花見の禁止もありました。
2回目の緊急事態宣言で多くのウォーキングイベントが中止となり2ヶ月が過ぎ早朝お散歩のみで
もんもんとした日々を過ごしています。当方ブログもしばらく更新が出来ませんが応援の程よろしくお願いいたします。皆様との再会を楽しみにしています。
今回もコメント欄は停止させていただきました。(._.)オジギ

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