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<<   作成日時 : 2017/02/03 19:12   >>

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平成29年2月3日(金)

東海道五十三次神奈川宿 歴史の散歩道

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期間設定:1月7日(土)〜2月26日(日)
受付場所・時間:JR京浜東北線 東神奈川駅 受付場所 CIAL PLAT(シャルプラット)東神奈川入口前(東口側)10:00〜11:30

JR東日本横浜支社発足20周年を迎え、東海道宿駅の文化と魅力を伝える一環としてご用意した、神奈川宿の歴史が詰まっているコースです。
神奈川宿は東海道五十三次のひとつでこの地名が県の名前や区名の由来になっています。しかし関東大震災や第二次世界大戦によってほとんどの資料が無くなってしまいましたが台町の坂などは当時の面影がまだ残っていると言われています。(主催者側)

<コース>
JR東神奈川駅➡スタート地点:CIAL PLAT東神奈川入口前➡能満寺➡真宗大谷派良泉寺➡本陣跡➡宗興寺➡権現山(幸ヶ谷公園)➡大綱金比羅神社➡台町の茶屋➡上台橋(かみだいばし)➡高島山公園➡高札場➡熊野神社➡ゴール地点:JR東神奈川駅 の約6キロ

〇スタート地点:JR京浜東北根岸線東神奈川駅 CIAL PLAT(シャルプラット)東神奈川入口前 (10時スタート)
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CIAL PLAT(シャルプラット)
2009年10月に開業。この施設を開発したのは、JR東日本グループのデベロッパー企業、横浜ステーシヨンビル。駅ビルの躯体、外装は JR東日本が担い、設備と内装は同社が担当するという役割分担で作られました。

〇能満寺
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当所の住人内海甚左衛門の先祖光善が、海中から出現した仏像を安置するために正安元年(1299)創建したと伝えられます。寅歳開扉武南十二薬師如来霊場10番、東国八十八ヵ所霊場18番です。

〇真宗大谷派良泉寺
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本願寺第8世蓮如上人に帰依した蓮誉が開基、良念寺4世良念(慶安元年1648年寂)の代に、現在地に移転し、本山の法主から本尊と寺号を授与されて一寺としたといいます。

〇本陣跡(滝ノ橋)
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本陣とは大名や公家などが宿泊したり休息するための幕府公認の宿です。
現在と同じ場所にあった滝ノ橋を中心に、江戸側には神奈川本陣、反対側に青木本陣が置かれていました。

〇宗興寺
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随翁永順(慶長17年寂)が開基となり曹洞宗寺院として創建、江戸末期の横浜開港時にはヘボン式ローマ字で知られるヘボン博士が、当寺に施療所と開いていたといいます。

〇権現山(幸ヶ谷公園)
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権現山は戦国時代の古戦場跡として知られ、1510年(永正7年)、関東を支配していた上杉氏の家臣上田蔵人(くらんど)が北条早雲方に寝返り、この山に砦を築いて立てこもった。上杉方は二万の兵を集めて砦を包囲、十日間に及ぶ戦いは上杉軍の勝利に終わったという。園内のほぼすべてが桜の林で、桜の名所としてよく知られている場所です。

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今時期は水仙も咲いていました。
坂を下り旧東海道に入ります。

〇大綱金比羅神社(旧東海道)
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平安末期の創立で、もと飯綱社といわれ、今の境内後方の山上にあった。その後、現在の地へ移り、さらに琴平社を合祀して、大綱金刀比羅神社となりました。

〇台町の茶屋(旧東海道)
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江戸時代には南側の崖下(現在の鶴屋町)が海で眺めが良く、神奈川宿の西部にも当たるため茶屋が多く立ち並び、東海道でも有名な景勝地だった。『東海道中膝栗毛』にも登場し、歌川広重の『東海道五十三次』神奈川台之景の図 👆が特に有名。画像

神奈川宿 袖ヶ浦風景 👉
東海道中膝栗毛より
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👆 坂本龍馬の妻「おりょう」が勝海舟の紹介でこの田中家で明治7年から働いていたと言われています。英語が堪能な「おりょう」は外国人客の接待に重宝されていたと言われています。

〇神奈川台の関門跡(旧東海道)
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1859年(安政年)、横浜が開港されると、外国人の殺傷事件が相次いで発生。 イギリス総領事オールコックをはじめとする各国の領事から非難を受けた幕府は、 横浜の主要地に関門や番所を設置した。神奈川宿にも東西にも関所が設けられ、神奈川台の関門は西側の関門に当たる。
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〇上台橋(かみだいばし)
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昭和5年(1930)開通。橋の先から、急坂となる。明治以降埋め立てが進む以前、街道沿いには茶屋が立ち並びその眼下には袖ヶ浦(そでがうら)の入江が広がっていたといわれます。
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神奈川台の関門跡から長い坂を下りきった所に「上台橋」があります。
橋の上左手が昔は袖ヶ浦の浜辺が見えたそうです。
写真は現在の橋の上から横浜方面の様子です。 👉

〇高島山公園
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現在は高島台という名の住宅地になっているこの丘は、横浜開港期に鉄道用地の埋め立てや瓦斯事業などの数々の功績で知られる高島嘉右衛門が晩年に住まった場所であるという。そこから「高島山」と呼ばれるようになり、この公園の名がある。
嘉右衛門は、実業家としても有名だが、易断による占いでも特に有名で、今でも「易聖」と呼ばれています。
高島易断の暦本です。

〇高島台からの当時の風景
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現在の高島台からの風景です。

〇高札場
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高札場は幕府の法度(はっと)や掟(おきて)を庶民に徹底させるための重要な施設である。この高札場は、現在の地区センターに復原されています。

〇熊野神社
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創建は、寛治元年(1087)6月17日に醍醐三宝院宮勝覚僧正が、紀伊国(和歌山県熊野権現の神霊を分祀、神奈川権現山(現幸ケ谷山上)に社祠を創建、神奈川郷の総鎮守として、熊野三社大権現と号しました。
河津桜が咲いていました。 👇

〇ゴール地点:JR東神奈川駅 (12時30分ゴール)
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1月7日(土)から約2か月間に渡り開催されているこのコースを2月のイベントの少ない時期に節分の本日参加してきました。昨年暮れの藤沢宿から今回の神奈川宿3月開催の保土ヶ谷宿と旧東海道の面影をシリーズとしその当時のつながりを想像しながらのイベント参加です。

実歩数距離:10903歩 7.9キロ
総歩数距離:16168歩 11.1キロ

 

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
東海道の街道歩きも感じられるウォークですね。
お天気も良く河津桜も咲いていて、
写真を見ているだけだと、春!って感じです。
とほ娘
2017/02/04 20:10
とほ娘さん

コメント有難うございます。
神奈川宿は当時の面影になるような資料はほとんどないそうですが
旧東海道は今でもそんな宿場町の感じはしました。
当時は急坂を登ったりおりたりと大変な中で海が見えた景勝地だったそうです。
各寺の境内には梅が満開の所もあり風がない場所ではポカポカと居眠りをしたくなりました。
あすか
2017/02/05 09:02
懐かしいですね〜神奈川宿は。
「神奈川宿歴史の道」の案内板もよく覚えております。
此処の宿場は案内が丁寧で非常に分り易かったことも・・・
あの時に知りました。今の横浜駅が海の中であったことも。
「田中家」、此の前で写真を撮りましたよ、全く同じ角度で。
country walker
2017/02/05 10:20
country walkerさん

コメントありがとうございます。
昨年の暮れから駅ハイで旧東海道シリーズがあります。
今回は神奈川宿でした。
この神奈川宿の昔の資料は関東大地震や第二次大戦で多くが無くなってしまったそうですが
田中家界隈は昔は景勝地で多くの宿泊所があったと記録されているのを読んで
広重が絵を描いたり十返舎一九の東海道中膝栗毛弥次さん喜多さんの話も思い浮かんできました。
その田中家の前の旧東海道にはcountryさんの足跡も残っているのですね。(笑)
3月は保土ヶ谷宿です。
あすか
2017/02/05 18:13
今回の駅ハイ、歴史を感じさせる宿場シリーズですね。
おりょうさんは英語が堪能だったのですか。美しいだけではなく才色兼備の女性だったのですね。
ホロホロ
2017/02/05 18:52
川越の次は何処を歩かれるのかな〜と思いながら、時々あすか邸を覗いていました。笑
今回は神奈川だったのですね。
空気も空も日差しも花も、すべて春を思わせますね。
お写真から伝わります。
高島易の由来って、そういうことだったんですか。
知りませんでした。
私は八白土星で〜す。ヽ(^。^)ノ
keiko
2017/02/05 21:27
ホロホロさん

コメント有難うございます。
坂本龍馬・おりょう夫妻は日本で初めて新婚旅行をしたと云う話も有名ですね。
田中家の黒塀の説明板には月琴(げっきん)という楽器も弾けて外国人客を接待していたと書いてありました。当時としては英語が話せたのは凄いものでしたね。
あすか
2017/02/06 06:21
keikoさん

コメント有難うございます。
今朝の血圧測定は142−80でした。
ちょっと高め 休養サインかも知れません。(笑)

都心では冷たいビルばかりで花らしい花はまだありまでんが、ちょっと海よりに出るとまるで別世界に気が付きます。
お寺の境内にはそれに似合う花々が咲き誇っていました。
早咲きの河津桜が開花すると待っていたように桃の花も咲きはじめます。

横浜駅近くには高島町と言う町名もあるほど高島嘉右衛門は横浜一帯で実業家としても活躍していたのですね。今の高島易断の暦がその子孫とは知りませんでした。歴史の繋がりはそんなところも面白いものですね。
3月は保土ヶ谷宿を予定しています。
あすか
2017/02/06 06:37
高島山公園のエピソード、興味深く拝見しました。
高島易断の暦本の関係のある地というか実業家の名前。
こちらのコース週末に行こうと思っていたのですが、
ちょっと風邪気味だったのでやめてしまいまいました。
(現在はすっかり調子が良くなりました)
見所もあり、行ってみたくなりました。
walkerZ
2017/02/06 08:05
walkerZさん

コメント有難うございます。
駅ハイで訪れた場所が思わぬ知識を得ることは結構あるもので
私も高島易断と関係があるとは思いませんでした。
このコースは旧東海道の歴史もありまた近代日本の変貌も垣間見ることが出来ました。 26日まで開催しているので是非参加されると良いと思います。
あすか
2017/02/06 18:40
こんばんは!

神奈川宿を楽しんで歩いているあすかさんのブログに、私にはない目線がとても参考になります。
慣れでついつい見過ごしスルーしてしまう場所なども、しっかりレポートして下さっているのでもう一度歩く機会があるので、しっかり見て来ます。
おりょうさんが働いていたという田中屋の黒塀なかなか風情がありましたよね。
広重の東海道五十三次の浮世絵を眺めると、田中屋の左坂の下は海だったのですよね。今は面影がありませんが!
セロリさん
2017/02/09 22:04
セロリさん

コメント有難うございます。
今回は途中で「地図を見ながら歩いていますが何かのイベントですか」と地元だと言っていた男性と暫く同行しました。
遠征の場合何度か通り過ぎた苦い経験があるのでスタート前に確認して出発しました。(遠方は後で気が付いても戻る訳には行かないので)
そんなことで写真もちょっとした史跡や説明板も多めに撮っています。
今回はやはり旧東海道の田中家の前の坂道が一番印象に残る場所でした。
江戸の旅人が坂の途中で眺めた袖ヶ浦の景勝を想像したり幕末にはこの坂を坂本龍馬や勝海舟が歩いたのか等々そんなことを考えながら歩きました。
あすか
2017/02/10 06:52
東神奈川、行かれたのですね。
私の時より花が咲き始めちょっと華やかになったような気がします。
ですが、まだ寒いので風邪には注意して歩きたいですね。
ジャランこ
2017/02/10 22:46
ジャランこさん

コメントいつも有難うございます。
梅や河津桜が満開のお寺もありました。
この地域の昔の資料がほとんどないとのことでしたが
神奈川宿案内板がしっかり説明されていたのが嬉しかったです。
2月に入り中旬になる今時が一番寒さが感じられます。
この時期に体調をオーバーホールして3月からに備えたいです。
あすか
2017/02/11 08:54

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